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ひとりでも大丈夫な実感が欲しかった

by あいきた


中学生の頃からの行動指針のひとつに、「一人で行動できないヤツにならない」というものがある。当時いじめられていたので、強がりと言ってしまえばそうなのだが、「絶対に友達がいないと行動できない人間にならない」と決めたのだった。高校に入ってからも理系クラスや英語のクラスわけで仲良い友人はクラスにおらず、相変わらず友達がいない日々だった。中高生によくある友人と連れ立ってのトイレや、移動教室、体育の着替え、お弁当など、多くの人が友人とこなすであろうことの大半をひとりでしていた(せざるを得なかったとも言う)。

大学生になって行動範囲も交友関係も広がったけれど、やっぱり友達も多くないし一人で行動することが多い。計画を立てるのが嫌いなので、一人のほうが思い立ったときに思い立ったことをできるというメリットからかもしれない。好きなバンドやグループの追っかけでは一人で東京や福岡や名古屋にも出向いたし、写真を撮りに一人で植物園に行ったり、紅葉のライトアップに行ったり、パンケーキを食べに行ったり。

中学生の頃からの、一人にならざるを得なかった状況を肯定するように、一人でどこかへ行っては「わたしは一人でも大丈夫だ」と自分に言い聞かせてきた。

実際にはわたしは一人じゃないし、一人でなんて生きていけない。大好きな友人もいるし、家族も大切だし、恋人だって欲しい。だけど、「一人でも大丈夫」と言い聞かせてないと大丈夫じゃないわたしがいる。


年末の休みが10日ある。バンクーバーでもやっぱり友達が少ないわたしは、一人でシアトルに行くことにした。シャトルバスを予約して、Airbnbで宿をとった。Airbnbを使うのも初めてだし、一人での海外旅行(すでに海外にいるけれど)も初めてだ。

バンクーバーに来たからにはシアトルは行っておくべきだと思ったし、10日の休みをただ暇に過ごすのももったいないと思って決めた旅行だったけれど、宿をどうするか悩んでいる頃には「一人でも大丈夫だから、一人で行かなきゃ」というよくわからない使命感に駆られていた。バンクーバーのJTBなんかでもバスや宿は手配してくれるけれど、自分で、現地のサイトを使ってやらないと意味ないし、と必死になっている自分がいた。

すごい人見知りするの、とわたしが言うと友人は「(バンクーバーに来ちゃうくらい)行動力あるのに、人見知りなの」と笑ったけれど、わたしの行動力というのはすべて、この「一人で行動できないヤツにならない」というところから来ている気がする。本当は誰かと一緒にいたいし、美味しいものを食べて「おいしいね」と、キレイなものを見て「キレイだね」と、ただ寒いだけで「寒いね」と言い合う相手がいたらいいと思う。わかってる。だけど、一人でも大丈夫だという実感が欲しいのだ。寂しい、という言葉は今までもこれからも飲み込んだまま。


あいきた
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