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記憶が言葉に置き換わる

by あいきた

時間って優しくって、残酷だ。

覚えておきたいことがたくさんあるのに、朧げになっていく。だいすきだったひとの声とか、イントネーションとか、わたしを見る顔の角度とか、歩く速さとか。
カセットテープみたいに、繰り返し再生するうちに擦り切れて、再生できなくなってしまう。
過ごした時間はほんとうに存在したのに、残っているのはその瞬間そのものじゃなくて、それらを説明する言葉だ。

わたしが覚えているのは、繋いだ手のあたたかさじゃなくて、ポケットのなかで手を繋いでたという事実。
「帰らないで」って言ったときのあの空気じゃなくて、「死ぬわけじゃないんだから」という言葉。ハグしたときの匂いじゃなくて、「あたたかかった」という形容詞。

さよならを言ったばかりのころは思い出そうとしなくても頭に浮かんだあの笑顔が、もう少し霞んでしまって、きっかけがないと浮かんでこない。
マンションの前の花壇を見て、そこに座って話したことを思い出す回数が減った。それが少し寂しかった。

時間が経ったんだなぁ、と思う雨の街。時間よ止まれと、こんなに強く思ったことがないほど強く願ったあの日も、もう過去の話だ。当たり前のように一緒に傘に入れてくれるひとはもういなくて、わたしは自分で傘をさして、ひとりで歩く。

時間が経つ。大切にしてたものが、そうじゃなくなっていく。時間はいつも優しくって、残酷だ。優しすぎるのだ。どうせなら、止まってくれたら良かったのに。


あいきた
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