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ぬるい生クリーム

by あいきた

「(ホットチョコレートのうえの)生クリームちょうだい」と言うと、「めずらしいね、お前が自己主張するの。ほら、食べな」とそのひとは笑った。


彼はひとりではホットチョコレートをのまない。わたしがホットチョコレートが好きだから、彼はいつもホットチョコレートを頼んでいた。わたしは「さむいね」と言ったことはあっても「ホットチョコレートが飲みたい」と言ったことは一度もなかったのに。

「なに食べたい?」と言われてもいつも「うーん」と言って具体的な答えを言わないわたしに、彼はよく「自分の意見はないのかよ」と言った。そんなだから、生クリームが欲しいと言っただけで子どもを見るような顔で笑ったんだろう。よくできました、とでも言わんばかりに。
あれはぱたぱたと小雨が落ちる肌寒い昼だった。朝ごはんを食べ損ねた彼はシナモンロールとホットチョコレートを頼んだ。彼もわたしもシナモンが好きで、好みが似ているねと笑った。

生クリームは、あたたかいホットチョコレートにあたためられたせいで生ぬるくて、柔らかくて、甘かった。口の中ですぐに溶けた。生ぬるい甘さを口の中で持て余す。彼が「最後のひとくち、いらないなら食べちゃうよ」とシナモンロールを指して言うので、わたしは「いいよ」と答えたのに、彼は最後のひとくちをわたしに食べさせた。「じゃあ、ちょうだい」なんてかわいく言えないわたしのことを本当によくわかっていると思う。シナモンロールの甘さは、生クリームの甘さと混ざって、雨の中に消えた。


彼はいろいろと優しかったけれど、こういう優しさがいちばん好きだった。たくさんの優しさにいちいち感動して、感動したと伝えれば「今までどんなデートしてたの」と笑われたり、ありがとうと言えば「いつもありがとうって言ってくれて嬉しいよ」と言われたり。

こんなに優しくて、もうこれ以上好きになれるひとなんて現れないんじゃないかと思うほど大好きだった、もう二度と会わないかもしれないひとの話。
大好きだったホットチョコレートを飲む機会が、ぐんと減った。


あいきた
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